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元々の化粧の意味は『美容』ではなく『魔除け』などの呪術的なものだった!

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呪術的な化粧をする男性

女性だけでなく、男性も化粧をする人がいる時代。

今では一般的にお洒落、外見を良く見せるために使われる『化粧』ですが、元々は魔除けや虫除けのためのモノだったってご存知でしたか?

 

現在判明している最古の化粧は紀元前3000年頃の古代エジプトで、日本での化粧も元々は呪術的な意味合いから始まったとされています。

この記事では、そんな『化粧』がどのように生まれ、いつから『美容』へ変化していったのかを解説します。

 

この記事のポイント

  • 確認されている最古の化粧は紀元前3000年頃の古代エジプト
  • 動物の脂肪と香料を混ぜた『膏』やラピスラズリの粉を溶いた顔料が『魔除け』『虫除け』などとして使われていた
  • ツタンカーメンの時代(紀元前1300年頃)や古代ギリシャ(紀元前1000年頃)には『美としての化粧』という意味合いがあった
  • 日本では3~5世紀頃に赤い土や粘土が狩猟や儀式に使われていたのが始まり
  • 7世紀になって、遣隋使が紅や白粉を持ち帰って『美容としての』化粧が始まった

最古の化粧は紀元前3000年頃の古代エジプト

紀元前3000年、今から5000年も昔の遺跡から『化粧膏(けしょうこう)入れ』が発見されています。

この中に残されていた成分から、最古の化粧品は動物の脂肪に香料を混ぜたものだったと考えられています。

※『膏』とは、練り物状の物のことを指します。現代では『石膏』『軟膏』という言葉が使われていますね。

ツタンカーメンの仮面

ツタンカーメンの仮面(レプリカ)

有名なツタンカーメンの仮面は紀元前13世紀頃のものですが、黄金の顔の次に目を引くのが目元の青色のラインです。

この色は、青色の鉱石(ラピスラズリ)を砕いて粉にし、水に溶いて塗ったものです。

仮面特有の装飾という訳ではなく、当時の壁画などにも人々が同様の化粧をしている姿が描かれています。

 

古代エジプトにおける化粧には主に3つの目的があったと考えられています。

  • 魔除け
  • 虫除け
  • 目の保護

 

魔除け

当時は悪い空気や悪魔が目や口から体に入ることで災いが起きると考えられていました。

化粧という文化ができる前からラピスラズリは魔除けのお守りされていましたので、その粉を顔に塗ることで身を守れると信じられていたのです。

 

虫除け

脂肪と香料を混ぜた『化粧膏』は、虫が嫌う匂いを顔や肌に塗ることで虫除けの効果があったとされています。

特に、多くの伝染病を媒介するを避けることは非常に重要でした。

 

目の保護

砂漠のイメージがあるように、エジプトは極めて日差しが強い地域です。

目の周りを塗るのは、強い日差しに目を痛めたり虫が目に近づいたりするのを防ぐ目的もあったと考えられています。

スポーツ選手のアイブラック

スポーツ選手が使う『アイブラック』。

日差しから目を守るという意味では、今もスポーツ選手が目の下を黒く塗ったりシールを貼ったりしていますよね。

これは『アイブラック』と言って、日本人にはシールタイプがメジャーですがアメリカでは塗るタイプを愛用する選手も多いんです。

 

元々はプレーをしやすくする為のものですが、光の反射を抑えることで目を保護する効果もあります。

もっとも、目を保護するためにはサングラスの方が効果的なのですが、フットボール選手はサングラスを着用できないのでアイブラックの使用率が高いです。

 

古代エジプトの化粧まとめ

  • 青色のラピスラズリを魔除けとして、目や口の周りに塗っていた
  • 脂肪と香料を混ぜた『化粧膏』は虫除けの効果もあった
  • 目の周りを塗ることで、光を抑えて目を保護する効果も

 

日本における化粧の起源は古墳時代

日本で化粧という文化が生まれたのは3~5世紀頃の古墳時代とされています。

当時の人々は狩猟や儀式の際に、赤い粘土や顔料を顔や身体に塗っていました。

当時、赤色は『太陽・炎・血液(生命)』の象徴とされ、魔除けの色として考えられていたのです。

 

当時の出土品である『埴輪(はにわ)』も、目や口の周りが赤色で塗られています。

古代エジプト同様にこういった身体の穴から悪魔や悪いものが入ってくると考えられていたので、その周りに魔除けの色を塗っていたのです。

 

日本の化粧の起源まとめ

  • 古墳時代の日本では赤色が魔除けの色で、狩猟や儀式に使われていた
  • エジプト同様に、目や口の周りを塗る風習もあった

 

『おまじない』から『美』への変化

化粧文化はヨーロッパにも伝わり、紀元前1000年頃の古代ギリシャの時代には娼婦たちが白粉を塗る文化があったとされています。

もっとも、ツタンカーメンのマスク(紀元前1300年頃)にも装飾的な意味合いがありますから、その頃にはエジプトでも美容的な意味合いがあったのでしょう。

日本に化粧という文化が生まれる前に、既に美容目的での化粧という概念が存在していたことになりますね。

 

では、日本ではいつ頃から美容目的の化粧が広まったかというと、7世紀に入って遣隋使が『紅(べに)』や『白粉』を持ち帰ったことが転機となっています、

以降、段々と呪術や魔除けといった『おまじない』としての化粧から『美容』としての化粧へ変化していきました。

 

男性も公の場に立つ際には白粉で化粧をしていたことから、『マナー』としての側面もこの頃に生まれたと考えられています。

 

化粧は病気と隣り合わせだった

白粉の原料には水銀(塩化水銀)や鉛(鉛白)、亜鉛などが使われており、日常的に皮膚に触れることで様々な中毒症状をもたらしてきました。

軽度なら皮膚のシミや変色、重篤な場合には脳症や神経麻痺、胎児の死亡や障害を起こすことも。

大正天皇の脳症も、生母などが使用していた白粉(鉛白)が原因だと考えられています。

 

そんな背景があるにも関わらず、日本で鉛を使用した白粉が禁止されたのは1934年(昭和9年)。

つい100年前までは、鉛を使った白粉が普通に使われていたのです。

ちなみに、禁止された以降も『鉛が入った白粉は色が良い』として違法取引されていたとか。

 

まとめ

  • 確認されている最古の化粧は紀元前3000年頃の古代エジプト
  • 動物の脂肪と香料を混ぜた『膏』やラピスラズリの粉を溶いた顔料が『魔除け』『虫除け』などとして使われていた
  • ツタンカーメンの時代(紀元前1300年頃)や古代ギリシャ(紀元前1000年頃)には『美としての化粧』という意味合いがあった
  • 日本では3~5世紀頃に赤い土や粘土が狩猟や儀式に使われていたのが始まり
  • 7世紀になって、遣隋使が紅や白粉を持ち帰って『美容としての』化粧が始まった

今では当たり前に広まっている『化粧』ですが、起源を辿ってみると意外と面白いものです。

近代の文化としては、歌舞伎の『隈取』も独自の発展をした化粧文化ですね。

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